ななつの嵐山WEB MAGAZINE

コラム2019.01.08

展望台から眺める保津川に時を想う

嵐山といえば「保津川下り」もよく知られた観光コースです。保津川は桂川や大堰川とも呼ばれ、京都市の最北部、広河原や花背に源流域を持ち、亀岡を経て嵐山へと流れ下っています。実は、保津川では高瀬川より先に「高瀬舟」が導入され、今でも保津川下りで使われている船は、ほかならぬ高瀬舟そのものなんです。

世界観が変わる展望台からの眺め

船に乗って川下りも魅力的ですが、今回おすすめするのは亀山公園の展望台から見下ろす川の眺め。公園の入り口からひたすら山を登ること10分。大堰川沿いを歩く観光客は多いですが、公園を登りきって展望台までくる人はそれほどいません。

亀山公園内は、大堰川沿いを歩く観光客の喧騒がうその様に閑静な空気に覆われ、遊歩道も整備されています。そして、ふいに眼下に開けるこの眺め。

数十分、高台を上っただけとは思えないほど、息を呑む景色が広がります。深い木々に覆われた緑の豊かな渓谷は、春は桜、秋はもみじが色づき、冬には真っ白な雪景色となって訪れる人の目を楽しませてくれます。

おおぜいの命を救った保津川の開削

展望台へいたる道の途中には、江戸時代のはじめに保津川を開削した人物、角倉了以(すみのくら りょうい)の銅像があります。

かつて保津川の上流域で切り出された木材は筏に組まれ、保津川を下っていったのです。しかし保津峡は急流かつ多くの岩がある難所続き。筏の操作を誤って岩にぶつかり、命を落とす人もいました。それを見かねた角倉了以は、私財を投じて6カ月かけ、危険な岩などを取り除く開削工事を行います。

工事に当たっては、角倉了以も自ら石割斧を振るったそう。こうして筏だけでなく、船も通れるようになった保津川。開削された保津川で使われた高瀬舟は、底が平らで舟が沈みにくく、川での運送に優れていました。了以はその船運の収益を独占して工事費用を回収しただけでなく、大きな利益を得たといわれています。

いまでこそ美しい観光スポットとなっていますが、かつては大勢の人が命をかけて木材を運んでいた保津川。眼下をゆく高瀬舟を眺めながら、この川に生きた男たちの姿を想像してみるのもいいかもしれません。

美しい嵐山の、ちょっと骨太な時間も感じてみてください。

<本文監修>

観光ガイド「京都旅屋」代表   吉村晋弥   プロフィール>