ななつの嵐山WEB MAGAZINE

コラム2019.05.07

百人一首ゆかりのスポットを巡って

数年前、競技かるたを題材にしたコミックや映画『ちはやふる』で話題を集めた小倉百人一首。その百人一首が選ばれた場所が、ここ嵐山です。ゆかりの地を巡って、その歴史に触れてみませんか?


百体の歌仙人形や、120畳の展示室も

 百人一首の選者は、鎌倉時代の初めに活躍をした、公家で歌人の藤原定家(ていか/さだいえ)。息子・為家の妻の父である宇都宮頼綱の求めにより、頼綱の別荘・嵯峨中院山荘の襖に貼る色紙に百首の歌を選ぶことになります。

 その場所こそ、嵯峨野にそびえる小倉山の麓にあった「時雨亭(中院草庵/嵯峨野の庵)」という別荘。ここで定家は、天智天皇の飛鳥時代から鎌倉時代の初めの順徳院まで、百首の和歌を選んだのです。

 そんな百人一首をはじめ、嵯峨嵐山にゆかりのある芸術や文化に出合えるのが『嵯峨嵐山文華館』。かつての『小倉百人一首殿堂 時雨殿』から、昨年11月にリニューアルオープンした文化施設です。

常設展示室には、百首の和歌とそれを読んだ百人を紹介する「100体の歌仙人形」が。小さい人形ながら、その姿勢や表情からは個性がうかがえ、「なるほど、この和歌を詠んだのはこんな人だったのか…」と、親しみを感じられそうです。

 また2階の企画展示室では、120畳の大広間に日本画を展示。そういえば、畳敷きの和の空間で美術作品を観賞する機会はなかなかないもの。嵐山らしい贅沢な空間です。

「時雨亭」はどこに?想像を膨らませて

 さて、定家が百人一首を選んだという「時雨亭」は、どこにあったのでしょう? その遺構や石碑が残されているスポットにも足を伸ばしてみましょう。

 まずは、釈迦如来と阿弥陀如来を祀る二尊院。石段を上った先、境内の最奥に時雨亭の遺構があります。見渡す眺めも風情があり、和歌を選ぶには最適な場所にも思えてきます。また、藤原定家の山荘があったと言われるのは、常寂光寺。さらに、秋の紅葉シーズンに一般公開される厭離庵(えんりあん)も定家の山荘の旧跡と言われ、境内には大正時代に建立された茶室時雨亭もあります(厭離庵は、紅葉シーズン以外の拝観は事前予約制です)。

 いずれも、嵯峨嵐山らしい侘びた風情も漂う名所。もしかすると定家は、この全ての場所に足を運んで、時雨亭にふさわしいところを探したかもしれません。それぞれの場所を訪ね、「定家ならきっとここに…」と、あれこれ想像をめぐらすのも楽しそうです。

 

<本文監修>

観光ガイド「京都旅屋」代表   吉村晋弥   プロフィール>