ななつの嵐山WEB MAGAZINE

コラム2018.09.28

時雨のあと、虹を探して嵯峨へ

最近、虹を見ましたか?

ミュージカル映画の名作『オズの魔法使い』では「虹の向こうには夢がすべて現実になる国がある」と歌われていました(『Over the Rainbow』)。また虹という漢字に「虫(むしへん)」がつくのは、古代中国で虹は龍(もしくは蛇)とみなされていたからとか。工には「貫く」という意味があり、龍(もしくは蛇)が空を貫くことで虹がかかり、空と地上をつなぐ橋が出来上がるのです。そんな美しい天空の橋、虹はここ嵐山にも現れます。

 

北嵯峨、広沢池の虹

まず虹を探すには、太陽がある方向とは反対側を見ましょう。雨が降っていても日差しが出ていれば、太陽光が空気中の水滴に反射・屈折することで分解され、あの「ななつの色」が現れます。例えるなら「水滴のスクリーン」に「太陽というプロジェクターの光」を当て、虹を見るという感じ。スクリーンとなる空が広く、空気が澄んでいるほど虹がきれいに見える可能性があります。

北嵯峨にある広沢池はそんな絶好のスポット。月の名所として知られ、たくさんの和歌に詠まれている広沢池ですが、雨上がりの虹が美しい場所でもあるんです。

その水面に「嵯峨富士」の異名をもつ遍照寺山を写し込む広沢池の上空はさえぎるものがなく、ときに虹も池水に映されて、空と水に鮮やかな色彩の刷毛目を描き出します。

 

奥嵯峨にある「虹」とは

広沢池から西へ進んだ奥嵯峨には、もうひとつ美しい虹があります。

それは竹林と楓に囲まれた隠れ家のような草庵「祇王寺」、その控えの間にある丸窓のこと。窓の外側には竹を使った美しい格子が組まれています。その格子を通ってきた外光によって映し出される影がときに虹の色に見えることから「虹の窓」とも呼ばれています。

平家物語によれば、ここは祇王という美しい白拍子(今様を謳いながら舞う踊子)が世をはかなんで、姉妹や母親と一緒に隠居した場所。彼女たちも虹のもとに、こころの安息を求めたのかもしれません。

 

虹を思い、古きを想う

遠くの山に虹がかかると思い出すのが藤原定家の歌。

「むら雲の 絶え間の空に虹たちて 時雨過ぎぬるをちの山の端」

をちの山とは「遠くの山」という意味です。遠景にあるむら雲の切れ間から虹が立ち上がり、遠くの山の端に雨がかかっていく。映像を見ているかのようにしっとりとした場面が浮かびあがってきます。

 

もうすぐ秋がやってきます。時雨模様の日は静かに古き良き時代を想い、雨があがったら虹を探しに出かけてみてください。

<本文監修>

観光ガイド「京都旅屋」代表   吉村晋弥   プロフィール>